五月の空は晴れ渡り、ゆっくりと快い風が吹いている。ベランダいっぱいに干した洗濯物が、なびいている。手摺に掛けた布団は、ふり注ぐ陽を受けて、ふんわりとやわらかく膨らんでいた。私はそれに頬杖をつき、青空いっぱいの空気を吸った。
 私は結婚して十三年になる。子供は小学五年生の雄太と三年生の恵の二人。夫は私より三歳上の四十三歳で、製薬会社の管理職にある。家は郊外のこじんまりとした一戸建。平凡だが穏やかな日々が過ぎていた。
 今日は土曜日。雄太も恵も午前中に帰る。昼食にスパゲッティーをつくろう。そう思いぼんやりと頬をあげた時だった。
 「キャー」とかん高い声が聞こえた。 
 声の方向は小学校の裏門あたりだった。私の家から学校までの距離は八〇メートルほど。家が建ち並んでいるが角度を変えれば校庭までみえる。
 裏門あたりにいるのは子供三人で、一人は雄太だった。雄太は前後を二人に囲まれて、ランドセルを引っ張られ小突かれていた。
 私は夢から醒めたように目を開き、階段を降り玄関に出た。それから裏門まで走り、気付いたときは二人の前に立っていた。 
 「何よあんた達、二人でひきょうじゃない!」 
 私は二人をにらんだ。二人は気圧されたように私を見、雄太は細い肩を震わせている。それでも二人は口を尖らせ負けじと再び雄太を引っ張る。私はその手を払い、雄太を庇った。暫く二人は動かない。やがて逃げるように去って行った。それなのに雄太はふてくさり、私に付いて帰った。 
 夕食の時だった。雄太は先ほどから、箸で煮魚をつつき味噌汁をかき回しなが上目遣いに私を見ている。
 昼間の事が気にくわないのだ。私はそのことに気付いていたが、知らん顔して、喧嘩の原因を訊ねた。雄太はグズグズしている。あげく上履きを隠され、裸足で過ごしたと言う。そう言えばあの裏門で、ちぐはぐの靴を履いていた雄太の足元を、ちらっと思い浮かべた。
 「でも修ちゃんとは仲がいいじゃないの」
 相手の一人は雄太の友達で、我が家によく遊びにくる。修治君は、明るく素直でいい子だ。とても意地悪をするようには見えない。私がそう言うと、 
 「そうだよ!」
 雄太は目を細めて笑う。くしゃくしゃの顔に人の好さがでる。私はそれが気にくわない。この前も鉛筆を隠されたり、ノートに落書きされたでしょう。そう言う思いで雄太をみる。雄太は私の思いを知ってか、それとも知らずか、少し困った顔をして、
 「いじめじゃないよ、遊んでいたんだ」
と言った。
 その時私の内部に、ある光景が浮かんだ。最近、雄太がいじめにあう度に思い出される。私が小学校の頃の情景だった。 
 教室の真ん中に私の机が、ぽつんと一つある。私はそこに座って、じっとうつむいていた。クラスの皆は、自分の机を教室の隅に引っぱっていき、私を見ていた。  
 一人として近づかない。「うつる」「汚い!」「バイキン」と言う声が、ざわざわした声の中から聞える。私の内にはいろいろな思いが渦巻いていて、辛く、悲しい、悔しさや不安などが、ごちゃ混ぜになり胸を押し潰していた。けれど、どれも言葉にならない。顔を上げると、それらが涙と泣き声となって、かき消されそうで、口を一文字に結んでいた。
 遠い日のことなのに、あの重く沈んだ気持ちが妙に鮮やかに甦ってくる。
 「やられたら、やりかえすの雄太! 修ちゃんの上履きも隠しなさい!」
 私はテーブルに手を付き椅子から立ち上がった。雄太は唖然としている。側でサラダをつついていた恵も妙な顔をしていた。
 二人は黙々と箸を動かした。
 ああ‥‥。またやってしまった。その苦々し思いは、日頃忘れたいと思っていた事を、また思い出させる。母が亡くなり、私はいつも一人ぽっちだつった。
 あれは私が小学校三年生の時だった。母は結核に罹り長い闘病生活をつづけていた。うす暗い廊下の向こうが母の病室で、私は廊下の片隅でいつも遊んでいた。母の所へ行きたい。けれど近づくことはできなかった。
 ある日戸口が開いていて、私はそっと近づき覗いた。母は背を丸めて咳をしていた。その時の顔の表情や輪郭はおぼろげなのに、細い指や浮き出た血管ははっきり覚えている。何度も部屋へ行ったのだろうか。私だけが感染して、姉や兄はうつらなかった。私は、四、五年と休学をくりかえし、登校すると嫌がられた。いじめは繰り返され、私は人が怖くなった。しだいに、人に近づかなければいいのだと、私なりの方法を身に付けてしまって、人の前に出ると緊張を強いられ、不安になった。大人になってもその気持ちを引きずり、表面をいくら装っていても、突然その気持ちが頭をもたげるのではないかと言う思いを抱えていた。
 雄太も恵も元気に学校へ通っている。
 私はほっと胸を撫で下ろした。あの日、唐突とも思える私の振る舞いが、雄太の友達を傷つけ、それが雄太に跳ね返ってくるのではないかと思っていたからだった。これでいい。雄太は雄太であって、私ではない。私のいじめのときとは違う。私は何度も自分に言いきかせた。一方で子供の世界は単純ではないという思いもあった。大人に見せる姿と、子供同士の時とは全く異なることは、私の経験したことだ。
 夫の隆志はいつも帰りが遅く、付き合いで疲れていた。中高の一貫の男子校から、大学を出ている隆志は、いじめのとらえ方が違っていて、「男の子はそうやって大きくなるのだ」といつも言う。その考えは頭でわかっていても、私には理解できないことだった。 
 ある日の夕食ごのことだった。
 雄太の肩から背中にかけての青痣を見つけた。膝にも無数の傷がある。 
 「雄太、どうしたの」 
 私は雄太の腕を掴んだ。 
 「何でもない」 
 雄太は掴んだ腕を振り解こうとする。 
 「喧嘩したでしょう」 
 「ちがうってば!」 
 「相手は修ちゃん? そうでしよう」 
 雄太は口をつぐんだ。私が手に力を入れると、腕をぐるぐる回す。私は離さない。すると雄太は肩の力をストーンと抜いて「大丈夫だよ」と言ってVサインをしてみせた。私は軽くいなされて力が抜けた。その隙に雄太は解けた腕を摩りながら、「おお、いたぁ」とおどけた。その明るさにほっとしながらも、雄太はいじめにあっている。「何故、誰に」との思いが私の頭から離れなかった。
 翌日も、雄太の態度がおかしかった。私は問いはしなかったけど、私にたいしてよそよそしかった。私は落ち着かなかった。何とかしなければ。家事をしていても、その思いに振り回された。そして、思い至ったのが剣道を習わせることだった。
 私は雄太を呼んで説明をした。  
 「剣道を習うの?」 
 雄太はキョトンとしている。
 私は自分を守るためよ、と、剣道の意味を教えた。にわかに覚えた知識だった。
 「あれって、棒で相手を叩くんだろ?」
 何ともシンプルな雄太の問いだった。
 「竹刀というのよ。自分を守るためなの」
 私も簡単に答えた。 
 「叩いて守るなんて嫌だよ!」
 雄太の目にうっすらと涙がたまっている。
 私は怯んだ。
 雄太はうつむいた。ゆっくり顔をあげる。一瞬肩を下げ次に私を、キッとにらむと「嫌だよ!」と言い部屋から出て行った。
 私はその夜、布団の中で悶々としていた。雄太の涙の浮かんだ瞳、悲しみと怒りが混ざって、何かを訴えるような目だった。  
 あれはなんなのだろう。もしかして。私が今迄してきたことが雄太を傷つけていた?
そんなことはない。思う気持ちに間違いがあるわけがない‥‥。眠れそうもなかった。私は水を飲もうと起きあがった。
 冷蔵庫の前に雄太が立っていた。何か飲み物を探しているのかと思ったが様子が変だった。体を左右に揺らしながらデーブルの周囲を歩いている。声をかけても反応がない。手を目の前にかざして振ってみるが、視線は宙をさまよっている。夢遊病?私はびくっとした。恐る恐る雄太の背に手を回したものの、どうしていいか分からない。ともかく早くベットに連れて行かなければと背中を押し部屋にいった。
 翌日、雄太は昨夜の事は、全く覚えていなかった。繊細で感受性の強い子供が起こす行動で、と医学書に書かれていた夢遊病の症状の一部を思い出した。夢の中で、昼間できなかったことを果たす、とも書かれていた。雄太は大きなストレスを抱えている。そう思うと気が重かった。

 六月も終わる頃、ひどい格好で、雄太は学校から帰ってきた。顔や服は泥だらけ、衿のボタンが外れ、靴も半分脱げている。
 とっさに、苛められたたのだと私は思った。かっとなった私は、雄太の手を引っぱり、表に連れ出そうとした。相手に謝らせるつもりだった。雄太は嫌がって動かない。私はそれでも強く引く。
 その時、だっだっわっと、数人が玄関前に立ち塞がった。雄太を追ってきたクラスメートだった。 
 「どうしたの?何かあったの?」
 私の声は驚いて裏返っている。
 「おばさん!雄太が悪いんだよ、先に手を出したは、雄太だもの」 
 皆口々に言う。興奮して鼻息が荒い。
 雄太は口をへの字にむすんだまま。数人が雄太を取り囲みにらみ合った。
 私は皆を玄関の外に追い立てた。戸をピシャリと閉め「帰って!」と大声をあげていた。

 七月に入り個人懇談会があった。担任は野上先生と言う女性で、いつもはつらつとして意欲的だった。
 先生は雄太の勉強や生活の様子を話した後で、修治君と雄太の仲のことを話し始めた。私は鼓動が速まるのをを抑え耳を傾けた。だが先生は妙なことを言う。  
 雄太が苛めていると。
 「苛められているのではなく、苛めているのですか」  
 私は身を乗り出して問う。
 先生は頷いた。そして、
 「何かお家で思い当たることが、ありませんか」 
 と、私の目を真っ直ぐ見て言った。
 思い当たることならいっぱいある。けれどそれは苛められることであって、苛める雄太なんて思いもつかないことだった。「それに‥‥」と先生は言いよどみ、だが直ぐ「喧嘩の原因は雄太君にあるのです。雄太君が先に手を出すので、揉めるのですね。雄太君にきくと「リウママ」と言われることが、気にくわないみたいですね」と、様子をつたえてくれた。
 「リウママ?」
 私の疑問に先生は、ああ、と笑いながら、
 「子供達の間でひそやかに流行っている言葉です。リウとは筋肉が隆々としている様子、ママはお母さん、力のあるお母さんが、後ろで頑張っている、ということらしいですね」と、先生は私の方を申し訳なさそうに見た。
 まさに私はリウママだった。けれど筋肉隆々でも、力がある訳でもない。原因を辿れば私の苛めにある。あの子供の頃の苛めが、恨みになったり、疑い深くなるなど形を変えて、雄太を守る。時として自分自身さえ、コントロールできなくなって攻撃的になることもある。この複雑な思いを、この目の前にいる生き生きと爽やかな先生に、どう説明をすればいいのか。先生はおそらく苛めとは無関係の所で育ってきたのだろう。ふいに、「先生は苛められたことがありますか」と聞いてみたい思いにかられる。
 私が言葉を失って黙ってしまうと、先生は困っていた。
 「十、十一歳は微妙な年齢で、大人が口出しすることをひどく嫌います。そのくせ、どこかで口出しというか、助けて欲しいと思っている節もあるので、難しいですね」
 先生は少し労うように言ったが、私はこの言葉がすっと体にはいった。
 先生は今度は迷わず
 「とにかくお母さん、雄太君に先に手をださないように言い聞かせてください。それでないと、いつか雄太君が苛められる方になります」と、きっぱり言った。     
 外に出ると曇っていて、夕暮れには間があるのにうす暗かった。 
 私は歩きながら「リウママか‥‥」と呟いた。腕を目の前に上げた。うす暗い空を背に、筋肉隆々には及ばないが、確かな腕があった。拳をつくってみる。それを思い切り空に向かって突いてみた。拳を上げたものの、どこへ降ろしていいか分からなかった。唯、この拳を雄太に向けてはいけないと思った。


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